俺も病気です、、、頭の

 

 

 

 

入所の際、

プロ中のプロであることを

説明されたが、、

それに対して

安心したとか、感心したとか、

どうしたことか、

そういうプロの方に

絶対の信頼を持つ気には

到底なれなかった

 

そりゃあ、俺が母譲りの

心配性で、

最近は母の病気である「被害妄想もち」

に、

息子の俺もなってしまった

ということもあるね

 

だが

ほんと、入所の時に

これが認知症の方への接し方だとか

なんとか士、が何人いるとか

ケアマネが何人いるとか

 

通り一遍のこと」だと、、

俺は適当に聴いていたよ

 

だが、俺も母譲りで

役者でね

 

相手が喜ぶように

初めて訊くように

「ほー、、そういうものなんですか

へー?、、なるほど、そういうことか、、、」

と、

いかにも感心しているように

演技っていたよ

 

何言われたって

大して感心してねえし

ちゃんと、調べてきたし

だてに幾つも施設かわってねえし

グループホームは初めてだったが

ブログのおかげで、

いろんな話も聴けたし

 

で、

俺は3日に一度、面会に行ってるがね

母が相変わらずの帰宅願望でね

 

それを、施設では

施設でも珍しく、

慣れるのに母は人の3倍くらいの

時間がかかっていると言うんだわ

 

予想していた通りだよ

俺の思っていた通りの言葉が出て来たよ

 

「息子さんがね、、

息子さんのことがね

好きなの!!」

 

うれしかねえよ

 

「息子さんも

大変だから

そんなに来なくても

来たときに、濃ければ、いいの

そんなに来ても

どうせ

 

わすれちゃうから・・・

 

 

 

それね、

ギャグとして面白いわ・・・認める

 

 

 

だけどね

全部わかってるから

 

説明されなきゃ

わからねえことか?

 

 

俺はね

結局、、

 

 

 

自分が

おふくろが心配で

 

 

 

 

あいてえんだよ

 

 

 

いくら、穏やかな大人しい態度してても

帰りてえ、、ばっか言ってる

入所者の息子じゃあ

施設からすりゃあ

都合の悪い

バカ息子だっていうのも

良く分かるんだよ

 

 

玄関の記名帳見りゃあ

他の家族が

どのくらい面会が来てるか

 

みんな、

わりと、冷てえんだな

と、思うよ

 

だがな

人は人じゃねえか

 

結局、施設はどうしてえんだ?

 

どうせ忘れちゃうから、

外部との接触をなるべく避けて

ここが自分の場所と思わせて

 

そう言やあ

入所する時

「自宅に帰っても、

すぐに、ここに帰りたがるように

なるんです~~よお」

 

と仰っていました

 

俺以外の家族は

それでもいいんだろう

 

それが、入所者の家族の望むことなんだな

 

俺だって、

同じで、そうなってくれれば

俺のことなんて忘れてくれれば

いっそのこと

本当に楽だ

 

だけど、

俺にあいたがって

自分の家に帰りたがって

(自分の家の事を忘れかけてるが・・)

施設を抜けたがっている母を

 

面会もせずに

閉じ込めるように

出来るか?

 

 

「それなら、その施設に

いつまでも、馴染めずに居ても良いのですか?俺」

 

 

はい

ぐうの音も

出ません

 

 

いったい俺は

何が言いてえんだ??

 

 

ああ、

そうだよ

被害妄想だよ

 

 

 

まあ、今日はこれくらいにしといてやるわ

 

 

 

 

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もう何にも分からなくなった方が幸せなんだろうな

 

 

いつものことって言えば

そうなんだが

いいときもあれば悪いときもあって

 

一昨日は超悪

 

下着のことで

職員さんとトラブルを起こしたようで

原因は解明したんだが

面会までの間、、

不穏な時間をすごして居たようで、

 

面会に行くと

すぐに職員さんに相談された

 

母は独りで離れた場所に座っていた

 

誰も悪くないが

職員さんに

かなりキツイ口調で文句を言ったらしい

 

で、居ずらそう

 

「連れてかえってくれねえだか~」

と、最初泣かれたが

つらいところだ

 

不憫だが

 

母は面会の最初から最後まで

ほとんど笑わず、、

明るい妻のハンドマッサージにも

あまり笑顔がない

 

もう、俺もなだめる気力もなく

 

 

3日に一度の面会は多い方だ

記録を見れば

前回の面会のあと、俺以外の面会は

2人か3人といったところか

 

母の部屋で話をしてるとき

母がトイレに行った

 

トイレは母の部屋の隣

 

いつまでも帰ってこない

ドアの開いたり閉まったりの音がするので

その度、廊下に出て見るが

母は居ない

 

で、妻がトイレをのぞくと

トイレにもいない

 

すると、別の部屋から

でてきた

 

自分の部屋が分からなかったようだ

 

トイレの隣なのに

しかも

デカイ字で

名前が書いてあるのにね

 

3日は

 

すぐに経つ

 

もう明日だ

 

この時間の進み方

 

なんとかならねえか

 

 

 

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母宅から衣類がだんだん少なくなっていく、、

 

 

母の部屋に1週間ぶりに入って

寝室で

カーディガンとか

厚めのセーターを探した

 

1週間も来ないと

空き巣でも入ってないか、、

少し緊張する

 

昔、俺は

仕事場であった事務所に

2度、空き巣に入られた

 

朝、いつも通り

ガラスドアのカギを開けようとすると

カギ近くのガラスが割られていた

 

1年後、、

いつものように

ガラスドアのカギを開け、

入室したが、

手を離したガラスドアが、

いつもより、勢いよく閉まった

 

室内の空気の動きが

おかしい

・・・

だからだ、、、

 

嫌な気持ちがした

 

奥に入ると

 

トイレのドアが開いていた

 

トイレの窓が

開いていて

 

そこから風が入ってきていた

 

トイレの窓から

侵入したんだろうが

 

 

そのときの

空気の

嫌な感じ

 

物より、

何より

 

俺のプライベートを

何者かに

 

踏みにじられた

 

そんな嫌な気持ちだった

 

 

今、母の家、

築63年を過ぎた

古い家に入る時、、

 

いつでも

その時の、

嫌な気持ちがよみがえる

 

幸い

部屋も、

他の部屋(ほぼ廃屋だが)も

無事だったが

 

何日も誰もいない部屋、、

このまま、

水道も、電気も、

何もかも

すべてを止めてしまおうか

終りにしようか、、

 

俺の決断を待っている

古い家

 

だが、

どうにも

母のあの顔や

 

「車に気を付けてな、、」

 

横で、職員さんが

それを訊いて、

笑っている

(悪い感じじゃなくね)

 

母は

帰る場所があると

今でも

思ってるのを感じる

 

 

昨日は

妻をつれて

面会に行った

 

母は

泣いて喜んだ

 

「現場の親方」

妻が呼ぶ、

レイヨン製のブルゾンを着て

それを

食べ物をコボシまくって

汚してあった

 

それを着ていた

 

そんな母の手を

妻がマッサージをしてくれた

 

マッサージされながら

母が堰をきったように、

10代の頃働いた日本橋の頃の話をはじめた

いつも訊いている

だから

あらすじもほぼ、わかる

 

でも、それを

一生懸命話して、

「またそこに

働きにいきてえ」

「だって、

ここに居たじゃあ、

一銭にもならねえけど、

お金稼げて、感謝されて

お前たちもその方がいいら?」

 

否定しちゃいけない

 

話している母の

眼の下が

濡れている

 

さっき、泣いたときの

涙のあとだ

 

最近、

面会のたびに

そこは

濡れている

 

それが、、なんかね

 

 

1時間も居たか

 

仕事に食い込んでしまったが

 

妻が行って

喜んでる母をみてると

 

すぐに帰ることなど

出来なかった

 

「おい、

車に気を付けてな」

 

で、

いつもの

横、職、笑

 

で、施設を出た

 

 

あんなに喜んだ母だったのに

 

帰りの車の中

 

いつもと同じで

 

哀しい気持ちになるのは

なんでだ?

 

 

 

 

 

 

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母が弱っている

 

 

 

相変わらず、

紙パンツの中身を

むしり取って穿いているようで、

面会の際に見せられた日誌に

そう書かれていた

 

家に居る時

夜中にいつもやっていた

 

昨日、そして3日前

いずれも母の帰宅願望は強く

心を重くする

 

昨日は

笑顔を見るまで

かなり苦労してしまった

 

瞼が下がって

いつもよりも(最近はいつもそうだが)

眼が小さく見える

 

日誌にも

帰宅願望から

俺に連絡してくれとの要請が

何度かあるようだ

 

昨日は

友達とも

しきりに会いたがっていた

 

帰る家はある

古いが住めるように

母が留守中に破損したトイレも

修理が出来ている

・・・

だが、俺次第でもあるけど

グループホームに行って

さらに呆けてしまった母を

3か月前よりも

時間の無くなった俺が

まず、

無理だな

 

「お前の言うことはきく

言うとおりにするで、、」

と言ってくれると

余計に、不憫になる

 

帰る時

「東京の〇〇に

働きにいきてえ」

と、

廊下で俺の手を握りながら言った

 

出来れば

手をつなぐのは

 

やめてもらいたい

 

 

 

 

 

 

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請求書に頭を垂れつつ、ため息をつく・・・

 

 

土曜日、面会に行くと

車から降りると同時に

玄関の方から

大声が聞こえた

 

何の騒ぎか?

 

入所者が騒いでいるのか?

キャーキャー言っている

 

丁度、玄関方向が

逆光でまぶしくて

何も見えず

 

近くまでいってみると

 

鬼が居た

 

鬼と並んで

写真を撮ってもらってる

母がそこに居た

 

俺がそこに立っていても

 

鬼も

母も

撮影者も

俺に気付かない

 

「こんにちは」

 

声をかけると

 

皆、驚いたね

 

本当は

こっちの方が驚いたんだがね

 

「〇〇さん~~

もう、早速、福がきたよ~~

良かったねえ」

 

で、無理やり

俺も加わり、写真を撮らされた

 

そんな感じで

一見、とても施設で

楽しくやっているように見えるんだがね

 

一緒に部屋に行くと

母は急に帰りたがる

 

施設がつまらないこと

家にかえりたい こと

友達に会いたい事

のんびりテレビを観たいこと

自分の家で眠りたい事

(その家が何故か自分が生まれた実家になっているのだが・・)

 

もう、母の反応も決まってきたし

連れて帰れ

と、強くは言わなくなったが

 

髪の毛が伸びてきた

白いところも目立つ

だが、

もう、洒落っ気もなくなって

毛玉だらけの

ズボンを穿き

毛玉だらけの

セーターを着て

ぼさぼさの頭、、

土色の顔

遠くを見てるような、眼

 

なんか

こんなふうに

俺も慣れていくのかな

 

いつも重いけど

変えることも出来ずに

変える瞬発力や気力はなく

 

以前なら

認知症の母の言うことに沿うように

なんとかしようと

動いたものだが

 

こんな風に

慣れていって

おふくろも

少しずつ、あきらめて

そして、

少しずつ、わからなくなっていって

 

帰りの時

玄関で

いつもの心配性の言葉

 

「車の運転、、

気を付けてな!」

 

母が

何万回も言った言葉だな

 

おかげで

その何万回の後

事故にあった事は

一度もなかったよ

 

おふくろ

ありがとうよ

 

明日、また面会に行くから

 

なんか

せめて、

ネタになるようなことを

 

ひとつくらい

言ってくれねえかね

 

いっちょまえの

認知症なんだから

 

頼むわ

 

 

 

 

 

 

 

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母が現場で働く準備をしていた

 

 

 

 

もう母が認知症だとはいえ

どうせわからんだろうと

そんな考えはやめて

3日たったから、今日も面会に行った

 

前回、土曜日に面会に行ったときは

びっくりした

 

玄関から

ロビーに入ると

いつものソファーの席に

母が

居たよ

 

横には、いつも横に座って

毛玉をとっている

品の良さそうなお婆ちゃんがいて

 

その横で

ボーっと前を見てる

俺のおふくろ

 

頭に

二つ折りにしたタオルを

乗せて

 

夏の工事現場で

よく、職人さんが

3時休みかなんかに

日焼けした顔で

頭にタオルのせて

陽射しを避けてるように

 

グループホームのロビーで

 

俺のかあちゃんが

毛玉とりのばあちゃんの横で

タオルかぶっていたよ

 

・・・

今日は

かぶっていなかったが

 

母は

「施設の職員さんは

みんな、良くしてくれる」

と言う

 

職員さんの前でも言うが

 

俺と二人きりになった部屋でも

職員さんへの不満は訊いた事がない

 

それでも

「いったい、

私はいつ、帰れるだえ?

家に?」

は、今回も、前回も、、、

だが、その後に、

母の生まれた実家の地域を

言うんだな

 

え?

去年まで63年住んだ家は

どうなってるんだ?

頭にねえのか?

 

いつもそうだが、

一応の帰宅願望

 

「ところで

おかあさんは

元気でいるだかえ?」

は、

やはり、毎回訊いて来る

 

今回は、

話しをそらしたんだがね

 

いつものように

母の好きな

あたたかい、甘酒

 

妻からの

れんこんとゴボウの煮物を

つまんで

 

母は、

ベッドの上で

徐々に明るい顔に変わっていった

 

だがさ

 

なんかね

 

3日って

 

 

すぐ来るね

 

 

 

 

 

 

 

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こうなると認知症が進まないことは困ることなのか

 

 

 

前回の面会、

いつもの、「お頼み」も効果なく

帰宅願望の訴えもあったので、

 

誤魔化しもなく

3日に1度を守って

昨日午前中に面会をして来た

 

3日前と違い

笑顔で出てきた、、、が

 

部屋に入ると同時に

毎日の生活の愚痴が始まる

 

今回は、俺が口を挟むこともなく

訊いてやったがね

 

本当は、いつもと同じように

同じことでも

同じように

「頼むわ~、、俺のために~」

を繰り返していればいいんだろうがね

 

なんか、

いくら認知症でもね

バカにしたみたいに

いつも同じじゃ、自分が許せない

普通に対応した

 

 

「人生の最後に、まさか私が

こんなようなところに

入れられるとは思わなかったわ、、

ほんとう、、死ねれるなら、死にてえわ

もう、生きていてもいいことがねえくれえ

私だってわかるだで、、

お前だって、

かあちゃんのこと、

気にしなくていいだで、

そのほうがいいぞ?」

 

「・・・・・」

 

そうだな

 

 

そうだ

 

 

だけど、

その半分でも

さみしい

いう気持ちがある

 

半分か?

 

今回も

話しているうちに

 

シワだらけの眼の下に

涙のあとが

濡れていた

 

なんか、それが不憫でね

 

どんどん重くなる

 

2ヶ月前には見られなかった顔

 

間違いだったか?

 

だが、もう

母が施設に入ったことを

前提にして

俺の生活も進み始めている

 

こういう想いを抱えて

親を看ていた人

今、看ている人

 

たくさんいるんだろうなあ

 

重いもんだねえ

 

 

想像もしていなかったよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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母の潜在能力は凄いのか?

 

 

 

 

日曜に面会に行ってきたが

 

職員さんから

「強い帰宅願望ではないんですが、

お母さんがまだ健在で

面倒をみないといけないので

帰りたい、、と

毎日、言うんです。」

 

なるほど、

婆ちゃんのことが

心配でいるんだな

 

その日は

別のユニットの方に

みんなで出張?していたようで、

 

玄関に居る俺を

そちらのフロアから

発見したようで

 

泣きながら

玄関に歩いてきた

 

早歩きの

・・

いつものナンバ歩き擬き、で

 

 

「面会だよ」

 

「いいわえ、

面会だってなんだって

お前が来てくれりゃあ」

と、

泣きながら言った

 

そうか、

そんなに俺を待っていたか

 

弱った

出来りゃあ

俺なんぞ来なくても

平気の平左

になってくれりゃあ

気が楽なんだがね

 

そんなに待たれりゃあ

気が重いわ

 

それに、

母の居室に行って

ベッドに座り話したが

 

「いつまでいりゃあいいだ~?

帰りてえよ~」

 

あ~あ

これが一番聞きたくねえセリフなんだよな

 

まあ、

仕方ないけど

 

差し入れの

甘酒飲ませて

 

一口飲んだ後

眼の下を濡らしたまま

いつもの

「おいし~~

 

だがね

認知症はいやだね

 

4日前の外出

前回の面会

 

1日経ちゃあ

なかったことになっちゃうんだからな

 

だから、

行ったの一昨日だよ

だけど、もう

俺の中にプレッシャーだよ

 

行かなきゃ

行かなきゃ

 

俺の胃の中で

誰かが言ってるだよ

 

行かなきゃ行かなきゃ

 

胸じゃなくて

胃の中、、いや、

ちょっと下だよ

 

なんでかな

なんでそんなとこかな

 

そんなで、

明日辺り行ってみるか

 

あまり時間はねえけど

二晩、旨いビール飲むために

行ってみるか

 

また、俺を見付けりゃあ

 

あの、ナンバ歩き擬き(注1)、で

 

俺に迫ってくるか?

 

 

 

注1:母は腰から下の動きだけが似ていて、手は普通に動くのだが

エレベータに乗るとき、

俺が「早く乗らねえと、挟まるぞ!」

などと言うと、普段は歩くのがやっとの母は

歩きが急に素早くなるのである

 

不思議だ

 

 

 

 

 

 

 

 

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わりと馴染んでしまう母の部屋

 

 

朝一番で母宅に寄った

 

寒冷地は凍結のトラブルが多いし

まして空き家になってしまったから

先日もトイレの便器が凍って壊れた

 

ここ数日は暖かく

安心だったが

氷が解けているうちに掃除をした

 

水道の凍結防止の電気料対策で

不凍栓で水を抜き

電気も抜いた

 

母の部屋に入る

 

俺がある程度は片付けたので

きれいになっていて

 

そのまま

2か月前のように

コタツに座ってみた

 

ここ十数年のことを思い出した

 

母が75を過ぎたころ

それでも2日に1度くらいは

独居の母宅に寄っていた

 

夕方、寄ると

何故か荷物をまとめていた

 

「何の騒ぎだ?」

と訊くと

 

血液の検査で悪い結果が出たらしい

入院の準備だった

 

結局、大病院?に俺が付いて行って

検査結果を訊いたが

数値は異常で珍しい病気だが、

病気の症状が出るまでは

経過観察だけでいいらしかった

 

それからだな

 

もうすぐにも

死ぬんだろうと

症状が出れば助からないから

いずれ遠からず、死ぬんだろうと思うと

 

不憫で・・

 

それからは、毎日、母宅に寄るようになった

 

その頃は大変な事ではなかった

自分で何でも出来るし

料理は上手いし

夕飯の1品作って持たせてくれるし

友達は多いし

明るいし

 

顔見せて、

男仕事だけしてやれば

 

何かあったら、

助けてやればよかった

 

ほぼ毎日来るようになって

十数年、、

この部屋は俺の自宅と同じだけ

馴染んでるんだな

 

というか、よく考えたら

俺が子供の頃というか

中学、高校の頃

この部屋に住んでいたんだった

 

母はどうなるんだ?

ここに帰ってくることは

ないのか、、

 

どう考えても

普通、もう帰らんよな

2階だよ

玄関から階段だよな

 

12月に外出で帰って来た時

それでも、自分で上った

一昨日の脚付き見れば

今でも上がれるだろう

 

だが、流れとして

普通、グループホームに入りゃあ

どうだ?

 

 

だけどね

コメントしてくれた人の話を訊いたり

たまに同じ認知症介護なんかの

ブログ観ると感じること

 

ほんと、お袋

ありがとう

 

結局、俺が自分の中の葛藤で

ワーワー騒いでいるんだが

 

お袋はいつも

俺の言う通りに、抵抗せずに

事を進めさせてくれるんだな

 

そりゃあ、不満も言うし

認知症だから

ヘンな被害妄想で

やり難いこともあるけど

 

不満言うだけで

いつも言う通りにしてくれる

 

激しく抵抗することもないし

 

それに、下の世話だって

他の人の苦労に比べれば

俺なんて、恵まれていたよな

 

1週間に一度の失敗の為に

俺が大騒ぎして

毎回、介助して、夜眠れなかったわけで

 

俺の性格がもっと

大らかだったら

何の問題もなかったんだと思うと

 

お袋

悪い、ごめん

 

今頃、グループホーム

トンチンカンな話でもしてるんだろうか

 

母の家のケーブルテレビを止める

NHK

ガス

電話

止めようか・・

 

電気と水はしばらくそのまま

 

思案中

 

だって、一昨日

「家にも帰りてえ」

って言うので

詳しく訊いていたら

どうも、母宅のことは忘れていて

生まれた家のことを言ってるようだった

 

認知症って

63年住んだ家を忘れてしまうもんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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東京に行って働きたいという母に、息子として、なんて言ったらよいのか

 

 

憂鬱な気持ちで

施設に母を迎えに行った

 

母は嬉しそうに

玄関に出てきた

 

もの凄く嬉しそうに

 

「よかったね~

行ってらっしゃい~」

 

と、職員さん2人に送られて

 

俺の家までわずか10分

 

「嬉しいよう~

連れ出してくれて、、

親孝行の息子と、いい嫁をもって、

私は幸せだよ~」

 

先月、施設に入ってから

何故か、小さくなっていたように見えた

母の眼は

 

以前の眼に戻っていた

 

と、スタートは

予想していた通りで、

 

俺の頭は、

施設に送り届ける

午後3時30分に

母の様子がどうなのか?

母を落胆させずに施設に入るには

どうすればいいか?

そればかり考えている

 

 

こういうとき、

俺よりも力を発揮するのが

 

ネガティブな俺に対して

表向き超ポジティブな妻なんだな

 

それに、影ではどう思おうが、

影で、何を言おうが

母の前では、良い嫁なんだな

 

本当、見事だぞ

 

母が耳が遠いので、

会話をしながら

聞こえないように

 

「そりゃあ、違うわ

ばあちゃん、あんたは

昔は相当強い女だったぞ~」

 

「ちょっと、まった~

人のこと言えるか~?」

 

最近は俺がキレる寸前が

よくわかってるから

ギリギリで止めるのも上手いな

 

 

それに母は今となれば

気持ちは

俺が頼り=妻が頼り

 

妻の言うことは

よく訊くし、その通りにする

 

で、小声で悪口をいいながらも

 

母が喜ぶ昼食をつくり

母を笑わせ

話を良く訊き(小さい声で否定しながら)

 

手のひらのマッサージ

さらに、フェイスマッサージまで

母にしてくれて

 

やることやってるから

聞こえない悪口は

俺は

目を瞑ってやるがね

 

まあ、だけど

こんなふうに後方支援だから

というのもあるし、

同居の在宅介護だったりしたら

お互いボロボロ(俺も含めて)になっただろうが

 

それにしても、

この状況では

完璧な後方支援と言える

 

母に一生懸命、施設に行ってくれることの

感謝や励ましも今回はしてくれた

 

俺がそればっかりで、、もううんざりだったので

代わりに言ってくれていた

 

母は午後2時頃には

「そろそろさあ

私のネグラに送ってもらうか」

 

思いがけないことを言った

 

そのとき

妻が母の相手を一休みをして

コタツで仕事に手をつけていた

 

「私がいたじゃあ、

仕事のじゃまになるでさあ

そろそろ帰るわ」

 

自分が施設に帰る、、、と

認識してくれてるのは

俺にとって嬉しいことだった

 

施設の中の愚痴も言っていたが

少し慣れてくれたか?

 

「え?まだまだ、、

ばあちゃんにフェイスマッサージ、

これからしてやるだよ~」

 

と、妻も

その後の1時間で

母が帰るということの余裕か

まあ、婆孝行に勤めてくれた

 

トイレも2回だけで

失敗もなく自分で出来たから

潔癖症の妻もホッとしただろう

 

そのおかげか、

帰りもスムーズで

 

施設の玄関で迎えてくれた職員さんに

「だだいま~」

 

 

・・・

まあ、上手くいきましたよ

 

夕べはおいしいお酒がのめました

 

ただ、

希望も述べていましたね

「お前がちょくちょく、もっとちょくちょく

来てくれりゃあ、、それに〇〇(嫁)も、

一人でもいいで面会に来てくれりゃあ、

私も安心して、嫌なことがあっても

頑張れるでな」

 

帰りの車の中で

そう言っていたね

 

だから

家に帰って

妻に「一人でもいいで・・」

と伝えたがね

 

 

で、母は帰りの車中で

俺に、

「ちょっとお前に相談があるだけどな」

 

昔働いていた

東京の海苔問屋に

働きに行きたいそうだ

10代のころ勤めていたところの社長が

「〇〇ちゃん、是非また働きに来てくれ」

と言われていたから、これから行きたいそうだ

そうすれば、お金ももらえるし、

社長や奥さんたちも喜んでくれるんだそうだ

 

母が10代・・・

70年前か

 

俺は

「ほう~

社長も元気でいるだかなあ

今、幾つくれえかなあ」

と、とりあえず

返事しといたが

 

母は

考えているようだった

 

 

 

 

 

 

 

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