4日目だが、、

 

 

昨日、

嵐のように電話で言われた

敷布団カバー

敷きパット

厚い靴下

まくら

なんだ、かんだ

 

仕事を済ませた夕方

届けに行った

 

会うのが不安だったが、

 

そのまま帰るのも

なんだな

 

何がなんだ?というと

 

せっかく自宅で

ゆっくり晩酌が出来ると言うのに

 

母のことが

心に引っかかっていては

気持ちよく晩酌が出来ないんだな

 

特に、寒くなったので

最後に

ホットウイスキー

〆ようというのに、

なんか

スッキリ、暖かい気持ちになれない

 

そんな、不届きな

親孝行とは思えない気持ちで

 

母と面会したんだな

 

だが、

これは母の様子によっては

哀しい晩酌になる可能性もある

諸刃の刃ということか・・・

 

俺を確認すると

 

母は、

 

やっぱ

こらえきれずに

泣いたね

 

不安だったんだろう

 

ロビーの少し離れた席に座り

じっくり話した

 

じっくり

 

「夜、おふくろの家じゃあ

俺が寝不足で死んじゃうから

昼間は仕事しっかりやらなきゃいけねえし

冬の間ここで泊まってくれ頼む

時々、面会にくるし、たまに俺の家に行って

飯食って、ここに帰って泊まればいいから

頼む!俺のために、頼む!」

 

「ここは何しろな、

寒くてな、ひざ掛けがこれしかねえからな

となりの人がひざ掛けがねえから、半分掛けてやるもんでな

寒くて、寒くて、」

(アレ?俺の、「頼む」の返事は??)

 

「わかった、

すぐに、モアモアのひざ掛け

買って持ってくるでな」

 

「寝る布団にきのうの夜な

入ったら、暖かくてな、

それだけは、嬉しかったよう」

 

「そりゃあ、よかったな

ありがてえなあ」

 

「寝る部屋からな

見えるところに

〇〇の家があってな、

だけど、〇〇は居るだかなあ

元気でいるだかなあ」

(〇〇は兄だが、、そんなとこに家があるわけねえのに・・)

 

「おう、元気でいるよ

だけど、絶対、会いには来ねえからな

会いに来るのは俺だからな

でも元気だから安心しろ」

 

と、この話題を

じっくり

話した

 

 

じっくり

 

この話題を

 

5回程、繰り返し

 

ほんとに

ジックリ話した

 

俺も

これくらい繰り返せば

もういいだろう

と、思い

 

「ちょっと、おふくろ!

その話な

今、5回目だぞ?」

 

母が

ニコ

っとしたので、

安心して

「それじゃあ、

明日、ひざ掛けもってくるからな」

 

・・・

 

「ここは何しろな、

寒くてな、ひざ掛けがこれしかねえからな

となりの人がひざ掛けがねえから、半分掛けてやるもんでな

寒くて、寒くて、」

 

「あのな、

それ、6回目だからな、、

わかったで、

明日持ってくるから

今日は、帰るぞ」

 

 

もう、

赤だ、青だ

面倒なので

このくらいで〆るが

 

無事、昨夜

 

旨い

ホットウイスキー

あんこ

ナメナメしながら

楽しみました

 

母の苦悩と引き換えの

幸せは

 

幸せと呼べる気分ではなかったものの

 

とにかく、

母と

 

じっくり

 

話すことが出来て

良かった

 

ことにしておこう

 

 

 

 

 

 

 

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二晩過ぎて、気持は晴れねえな。

 

 

2週間に及ぶ母宅の生活

日中は自宅や仕事へも出掛けたが

 

母宅で睡眠がとれない俺には

週、2,3泊が限界だったのだが

 

2週間連続となると

とても過酷だった

 

何より寝不足、、

 

母は途中から抗生物質が効いて

咳も痰も止まったが

時折、微熱がぶり返す

 

かかりつけ医に4度

母は痛くて

「死にてえ~~」

という

 

最近、点滴もうまくいかないんだろうか

 

そんな母を

生かさないといけない俺の

弱った気力も、、失せる

 

治らないと

ショートに行くことも出来ず

つい、、

「そっちで風邪をうつしたくせに」

と、ショートに対して

品のない恨みを感じたり

精神的にも良くない

 

ケアマネには

以前から

グループホームを勧められ

ショートには冬季間のダメ出しを喰らい

グループホームを数件あたり

 

ひとつだけ空いていた

 

気が進まないが

俺の身体と相談して

 

妻のプレッシャーもあって

(俺の身を案じてのことだが)

 

空いてるグループホームに

世話になることにした

 

俺が焦っているからだ

 

風邪っぴきで入所するわけにもいかず

 

結局、母の風邪は

極限まで俺の体力を削ったから

 

夢遊病者のような保護者の俺に

冷たく連れられて

グループホームに行った

 

2晩、過ぎたが

 

ホームから

「アレ持ってこい、コレが足りない」

の嵐

 

入所2日前に

母を連れ、ホームを見せ、職員や利用者と、、

 

しかし、俺が感じたのは

 

母と他の入所者の違い、というか、、

 

明かに何かを考え、ボケたなりに

何かを考え、観察してる母

で、他の入所者たちは

 

言い方が良いか悪いかわからないが

 

他の方たちは

イっている・・・

ように見える

 

母と一言やり取りするが、

二言目には、違う方向に向いている

 

母は笑顔で

職員や施設を褒めまくり

 

満面の笑みを浮かべ

満足そうに

施設長や職員に見送られて

車に乗り込み

 

走り出したとたん

 

「・・・

地獄に来たかと

思った・・」

 

 

母宅まで

車で20分

 

2週間の夜勤に

憔悴しきって

限界を超えていた俺は

 

母を詰り倒した

 

母宅に戻っても

それは続き

 

これまで、何度もあった

 

しかし、少しずつ

現状も受け入れ対応できるようになって

激高することもなくなってきた

 

だが、その日の夜は

もう、取り返しのつかない

 

心の傷になってしまったよ

 

母は、

子供のように

「え~ん、え~ん」

と泣き

 

トイレに鍵をかけ

泣き続けた

 

認知症で働かなくなった頭と

弱った小さな身体

 

汚い言葉で

詰り続けて

俺は

自分のうっ憤を晴らした

 

「死にたい」

と言うので、

 

早く、そうしろ

 

俺が出て行ってる間に

「死んどけ」

 

と、

俺は外に出た

 

地獄の夜は

それでも明けた

 

夜中の間

 

母がトイレに起きても

俺は口もきかず

無視を続けた

 

俺は

親孝行だよ

 

そういって、

親孝行だと

人に言って

かましてきたんだよ

 

母親を

子供のように

悲しくて号泣させるほど

なじりたおす

 

親孝行だよ

 

朝、

母は

コタツで座って

 

寝てる俺の

はだけた足に

毛布をかけ直していた

 

「朝だよ、

〇〇ちゃん、朝だよ」

 

認知症だが

ほんとに

覚えてないのか?

 

母にしてみれば

風邪で2週間

自分の家で、

夜、息子がそばに寝ていて

 

「家は

気楽で良いな~」

 

だが、その息子は

身体が寝不足で蝕まれている

 

見学、面接から

2日後

 

ホームに入れた

ケアマネさんから

「あまり気に入らなければ

替えることも出来ますからねえ」

の言葉も

後押しで、

限界の俺は

ホームに入れてしまった

 

当日、入所後

 

足りないものを持って行って

 

母に会った

 

母は他の人たちの

真ん中に座っていたが、

 

俺に

「ここは、ちょっと

大変なところだよ

今、連れて帰ってくれるだか?

ちゃんと、迎えに来てくれるだか?」

 

なだめて

仕事しなきゃいけねえから

と、

そのまま別れてきたが

 

2晩過ぎた

 

夜、母を考えると寝付けないが

眠りにつけば母を気にせず

睡眠をとれている

 

だが、

これから自信がないな

 

昨夜も施設から電話で

足りないものだらけ

 

最初だけだろうが、

ショートなんて

どれだけ楽だったか

気持ちも含めて

 

母に会うのが

恐く、つらい

どんな様子か

 

連れてけと言われると

どういったらいいか

 

ホームからの母の様子は

普通に過ごしているが

それは、母の気持ちの表れじゃないから

仕方ないが

 

母の気持ちまで考えると

 

 

俺の気持ちが晴れない

 

まあ、あんな

 

こともあったし

しばらくダメだろう

 

気力がない

精神的なダメージが

ボディーブロ―のように効いている

 

俺は夢遊病者のように

横になって伏して

 

妻が足りないものを

用意してくれてるが、、

 

しばらく、

気持ちが不安定だ

 

もっと、

冷酷になれと思うが

 

激高したときは

冷酷よりもっと

酷い事言いまくった奴が

よく言うわ・・・だが

 

 

 

 

 

 

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